私は小学生時代、3回転校して4つの小学校に行きました。

1回目の転校が2年生の1学期。

2回目が2年生の3学期。

3回目が5年生の3学期。

子供にとって学校は、自宅以外では一番影響の大きな世界。

その学校を転校するというのは非常に過酷な環境変化です。

今でこそ「ストレス」という言葉がありますが、

まだ当時はそんな便利な言葉はなかったので、

とにかく「根性で」「耐える」「順応する」ということが当たり前だったように思います。

 

しかもこの転校時期を見ていただいてわかる通り、「ちょうど学年が上がるタイミング」など「クラス替え」に配慮した転校時期でもなく、3学期という「クラスの人間関係完全にできあがってるよね」な時期の転校です。

親から転校の話を聞かされた時、子供心に「これは大変だぞ」と思ったことを覚えています。

また一から友達を作らないといけない。

しかも、すでにみんな打ち解けている中に、一人だけポツンと入っていくのはものすごく勇気がいる。

でも、ここで友達を作れなかったら困るのは自分。

 

どうしようとか不安だという気持ちも、もちろんあったのはあったのですが、当時の私が思ったのは「何か対策を立てなければ」ということでした。

 

そんな小学生の私がとった作戦は3つです。

①モノマネの練習をする。

②転校初日で勢力No.2のグループを見出し、そこに入り込む。

③声掛けシュミレーションをする

 

1つずつ説明しましょう。

①モノマネの練習

目立ってかわいいわけでもない。

運動神経が良いわけでもない。

何もかもが普通。

そんな私ができるとしたら、みんなに少しだけ「笑ってもらうこと」。

今考えると微妙ですが、なぜか当時はそれしか思いつきませんでした。

当時流行っていた「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」「志村けんのだいじょうぶだぁ」などを主として、テレビCMなど当時の小学生女子にウケそうなものをチョイスして転校までの間、日々部屋で練習。

友達とのちょっとした会話に挟み込める1フレーズギャグみたいなものを5つほど準備したと思います。

 

②転校初日で勢力No.2のグループを見出し、そこに入り込む。

小学生とはいえ「女子」として数年間を生きてきた私は、当然ながら「女子はグループで行動する。そしてそのグループには勢力図が存在する」というのを肌身で感じていました。

転校からできるだけ早い段階でどこかのグループに所属し、クラス内での位置をはっきりさせなければいけない。

そんな状況でボヤボヤ誰かが声をかけてくれるのを待つというのはリスクが高すぎる。

しかし転校生がいきなり勢力No.1のグループに入り込むのは難しい。

特に勢力No.1のグループというのは、勝気で少し性格の悪い、でも運動神経はいい女子が仕切っていることが多く(偏見ごめんなさい)、運動神経の悪い私は絶対に混ざれないと分かっていました。(小学生なんでかなり思い込みもありますが・・・)

かといって最も勢力が弱いグループに入ってしまうと、影響力や他のグループとの交流度が低いために、後から「やっぱりあっちのグループのほうが良さそうだな」と思った時に流動的にグループ間を移動することが難しくなってしまう。

クラスでの目立ち度、交流度、流動性。

これらを考えたときに「初日」という極度に情報が少ない中で選択するなら「No.2」のグループがベスト。

ということで、初日はクラスの勢力図の把握に専念し、翌日からNo.2のグループに近づくという作戦を編み出しました。

(当時の友達、もしこれ読んでたらごめんね。)

 

③声掛けシュミレーションをする

②とも連動しますが、この声掛けシュミレーションは「計算されつくした会話を、不自然感なく行う」ことを目標として行います。

例えば

・誰かが消しゴムを落とした時に一番に拾い上げる

→「はい、これ落ちたよ!この消しゴムかわいいね。どこに売ってる?」など

・先生が教科書のページ数を読み上げる

→(ひそひそ声で)「ねぇねぇ、今先生何ページって言った?」

など、小学校で予想されるシチュエーションごとにセリフをあらかた準備しておくのです。

 

こういうことが起こった時に、アドリブで考えることももちろんできますが、事前に心の準備があれば、誰かが消しゴムを落とした時に教室の端から端までハイスピードで飛んで行って拾うことができます。

逆に準備がなければ、もたもたしている間に誰かが消しゴムを拾ってしまい、貴重な「自然な会話」の機会を逃すことになります。(教室の端から端まで飛んで行っている時点でかなり不自然ですが)

ここで最も気を付けなければいけないのは「不自然」に思われないことです。

そのためにも、何度もイメージトレーニングをして自然な笑顔で声がかけられるようにしておきます。


ここまで書いてみて思いましたが、小学生の時の私って悪どいですよね。

そこまで考えとったんかい!ってびっくりしますが、実際考えていました。

ここまでの語彙はなかったでしょうが・・・

 

しかしながら、結果的にはこの方法ですべての転校でちゃんと友達ができ、楽しい小学生時代を過ごすことができました。

逆に妹はなかなか友達ができなくて困っていました。

確かにね、性格なんかもあると思います。

でもね、私から言わせたらやっぱり当時の妹は努力をしていないと思いました。

私の助言は全く聞かず、モノマネの練習もしなかったし、シュミレーションもしませんでした。

 

世の中には「できない人に優しくしよう」っていう風潮があります。

確かにそう、確かに、助けは必要です。優しくしてあげたほうがいいです。

 

でも、「できた人の努力も見てあげようよ」と言いたい時があります。

周りから見たらすんなりできていると思えることも、実際はこれだけ考えて、準備をして、初めてできていることもあるんだということを知ってもらいたい時もありますよね。

そんな思いで今日、この記事を書いてみました。

誰かの役に立ったとも思えないのですが、とりあえずこの記事で言いたかったことは、「どんな状況でも、今の自分にできることを1つでも見つけて、行動することで未来が開けるよ!」ということです。

いい感じにまとまったかな?

それでは、今日はこの辺で。

“転校3回、4つの小学校に行った私が友達を作った方法。” への2件のコメント

  1. 偉かった。
    偉い。

    すごいと思う。悪どいとか、思わん。

    自分にできることを一つでも、そうやよね。

    偉いです。

    1. 民さん
      すみません(;´Д`)今コメントに気づきました。
      悪どいと思わないでくれてありがとう。子供のくせにここまで考えてたら可愛げないよなぁと思いつつも、こんなこと考えている子供でした。
      今はこうして軽く振り返れるけど、当時は生きるか死ぬかっていうくらい真剣に物まねの練習してた・・・笑

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